オオカミの呼ぶ声 番外編SLK 第12話 SLK9 言ノ葉 |
またか、と思う。 この短い間に一体何人目だろう。 どうしてこいつらは、俺にこんな話を持ちかけるのだろう。 鬱陶しい。 腹立たしい。 その感情はそのまま俺の表情に出ており、目の前の人間たちにも見えているはずなのだが、自分の要求を口にすることに夢中で気づいていない。 自身を正当化し、あいつを悪く言う。 ここには居ない者を、悪とする。 俺の眉間の皺はますます深くなり、怒りを顔に乗せると、流石にその事に気付いた者が、気付かぬ者たちに慌ててそれを教える。 自分たちの何が俺を怒らせたか、解っているのかいないのか。 今度は言い訳を口にし始めた。 言葉は鋭利な刃物と同じ。 それを知らず口にする。 子供は残酷だと誰かが言っていた。 本当にそうだと思う。 ああ、もうこれ以上聞きたくはない。 俺は踵を返すと、先ほどまでいた場所へ戻ろうと足を向けた。 「ま、待ってくださいスザク様。もういない奴のことなんて」 「お前には関係ないだろ。これ以上言うなら祟るぞ」 振り向くことなく俺はそう告げると、彼らは口を閉ざし項垂れた。 学校の決まりは緩い。 特に学生に対しては緩い。 神に対して話しかけることも、こうして呼び出すことも可能だ。 そうでなければ俺が学生として通うには問題が多すぎるから。 よほどの事がない限り、彼らに祟りは下りないようにしているのだ。 それを知って、こうして俺を呼び出し声をかけてくるのだが、正直鬱陶しい。 前からあったことではあるが、中学に入ってから酷くなった。 入学してまだ1ヵ月だと言うのに、呼び出された数は両手で数え切れないほどだ。 俺は何でここに居るのだろう。 学校に通う理由は、ルルーシュがいたからなのに。 あいつを守るため、共に居たはずだった。 なのにどうして、あいつが居ないのに、俺はここに居るのだろう。 答えなどでないまま、真新しい鉄筋造りの校舎に足を踏み入れ、教室へ向かう。 教室には見慣れた赤髪の少女が俺を見つけ、指をさした。 「いた!スザク!!あんたどこ行ってたのよ!」 そうだな、強いて言うなら、この少女が学校に行こうと言うから来ているのだろう。 真新しい制服を身に纏った元気な少女、カレン。 今年中学1年になった。 だから俺も同じ中学1年。 同じ教室隣の席。 あの頃からそれは変わらない。 教師たちもそれを変えようとはしない。 神の愛し子。 神の寵愛を受けた娘。 そう言われているから。 相変わらず元気なその姿を見て、顰めていた顔を俺はようやく綻ばせた。 「呼び出されたんだよ」 「はあ?またなの?何、あんたに自分の友達になれって?」 その言葉に、クラスの連中はざわめいた。 皆不愉快そうに眉を寄せている。 このクラスの者たちは、小学校から全員同じクラスの者だ。 俺目当ての連中がむやみに近寄らないようにと、こちらも意図的に集められていた。 そう、ここは嘗てルルーシュと共に学んでいた子たちが集められた場所。 共に遊び、ルルーシュを指揮官とし、俺とカレンを打ち負かせた子供たち。 ルルーシュを知る者たち。 それが彼ら。 それもここに来る理由の一つかもしれない。 「そう。あの家を引き払って、自分の所に来いってさ」 俺は自分の席にどさりと腰を下ろすと、そう口にした。 そして首に巻いていたマフラーを口元まで上げる。 もう暖かいのだから外せとカレンに何度も言われたが、今日は着けてきて正解。 こうしていると落ち着つく。 怒ってはいけない。 人の戯言は流さなければいけない。 「何考えてんのよあいつら。スザク、受けること無いんだからね」 「当たり前だろ、何で俺が人間と一緒に暮さなきゃならないんだよ」 「ルルーシュと暮らしてたからでしょ?」 「あれは俺の物だからいいんだ」 「だから、あいつらもあんたの物になりたいんでしょ?」 「冗談じゃない」 俺にも選ぶ権利はある。 あんな人間欲しくも無い。 小学校でもよくあった話だ。 ルルーシュがいた頃を知る者たちはいい。 だが、それ以外の者たちは、自分と仲良くなれと必死にアピールしてくる。 図々しく、馴れ馴れしく、執拗に、不自然に近寄ってくる。 そしてルルーシュが此処に居ない事を、何度も何度も口にする。 居ない事は、言われなくても解っているのに。 何度も何度もそれを俺に突き付ける。 以前、俺の横にはカレンだけではなくルルーシュがいた。 だが今そこには誰もいない。 だからあいつらは空いているその場所が欲しいのだ。 もういなくなった者、もう戻らない者の事は忘れ、自分と仲良くなって欲しい。 あの場所を離れ、自分たちが用意する住居で共に暮らして欲しい。 そんな話ばかりだ。 あるいは、ルルーシュの家に一緒に住むと言い出す馬鹿までいる。 冗談じゃない。 ルルーシュは必ず戻ってくる。 戻ってこないなんて、知らない人間が口にするな。 あいつの家はここにある。 あいつはここに居たかったんだから。 むすっとした顔で口を閉ざしたスザクの耳が、だんだんと垂れさがっていく事に気付き、私はその頭を撫でた。優しく耳をさする様になでると、意図に気づいたスザクの耳は元通りピンと立った。 でも機嫌は直らず、不貞腐れたままだ。 だから私は無言のままその頭をなで続けた。 あの頃のままの変わらぬ姿で座るスザク。 私は中学生となり、体もそれに合わせて成長した。 スザクと同じ身長だった頃の私はもういない。 ルルーシュもそうだろう。 それがなぜか悲しかった。 小さなスザク。 私たちは貴方を置いて成長する。 置いていかれるスザクは、きっと、もっと悲しいだろう。 どんなに親しくしても、仲良くしても私たちは居なくなる。 その寂しさは計り知れない。 そんな心を隠して生きている小さな友人。 それを暴き、煽る連中が許せなかった。 「あんたが不安になってどうするのよ。まあ、確かに、ルルーシュとは何も約束してないわよ?でも、帰ってくるわよ、あいつは。帰ってこないようなら、私たちが迎えに行くって言ってるでしょ?」 大人しく私に撫でられるままになっているスザクは「解っている」と、ポツリと口にした。なんだろう、この手の話が来るとスザクはこうして落ち込むが、今日はいつも以上に落ち込んでいる。 何を言われたのだろう? クラスの皆も、いつもと違うスザクに気付きざわめき出した。 聞き出そう。そう思った時に予鈴が鳴った。 残念、今はもうこれ以上聞けないわね。 「そんな馬鹿の言う事より私を信じなさい。ルルーシュは帰ってくる。あんたの所にね」 私はそれだけ言うと、隣の席に腰を下ろした。 授業中も気になってスザクを伺うが、やはり先ほどと同じく項垂れている。教師も何かあったのかと視線で私に問いかけるが、私は答えを持っていなかった。周りの者も首を横に振り、教師は心配げな視線をスザクに向けた後、授業を続けた。 授業が終わると、スザクは一言「今日は帰る」と言って窓から出て行ってしまった。 本格的に何かあったわね。 クラスメイトも、走り去るスザクの姿を心配げに見た後、私を見つめてきた。 皆顔に怒りを乗せている。 元気で明るくちょっと乱暴者だけど優しいスザク。 私達の守り神。 その彼にあんな顔をさせる者が居る。 「今朝は元気だったわよね。という事は今日の呼び出しが原因でしょ。誰が呼びだして何を言ったのか、それが問題よね」 私がそう言うと、皆頷いた。そして作戦会議が始まる。 私は黒板の前へと足を進めた。 次の授業は数学だが、先ほどの教師が話をしていたのだろう、私たちが黒板を占拠し会議をしている様子を、空いている席に座り何も言わずただ見ていてくれた。 これはある種私たちの特権。 大好きなスザクのために動く私たちを学校側は止めることなく自由にさせてくれる。 あの知略と奇策に溢れたルルーシュに鍛え上げられた私たち。 スザクを守るためならば一致団結し、敵を排除するスザクの親衛隊へと変わる。 ルルーシュならどうするか、どう動くべきか、何をするべきか。 親衛隊の私たちの作戦はルルーシュの思考を基準に組み立てられる。 たった半年共に居た仲間。 だけど彼の残した物は多い。 「じゃあ、そう言う事で。今日中に片づけてしまいましょう」 数学の時間を丸々使い会議は終了した。 今日は天気がいい。 だから雨戸も窓も全て開け、家の中に風を通した。 がらんと広く静かな家の縁側に、ごろりと横になりながら、スザクは青空を見上げた。 毎年年末に氏子たちの手によって大掃除がされ、定期的にカレンとスザクが風を通し掃除もするため、この家は綺麗な状態を保っており、ガスも電気も水道も通ったままで、いつでもここで暮らせるようになっていた。 今年の初めに座布団や布団一式も子供用から新しいものに変えられ、いつルルーシュが戻ってきても困らないように、家電も一通りそろえられている。 主の居ない家。 使われることのない家具。 ルルーシュに会う前も同じだった。 今のように綺麗では無かったけれど、今と同じで誰も居なかった。 それなのに、どうしてこんなに。 今日言われた事を思い出し、視界がだんだん歪んできた。 「なーに泣いてんのよ、馬鹿スザク」 突然聞こえてきた声に驚き、身を起こすと、そこにはカレン。 風下から気配を殺し音も無く接近したのだ。 犬神である俺にそれを悟らせない数少ない人間。 重力に従い零れ落ちた物を俺は慌てて道着の袖で拭った。 「泣いてるわけないだろ、馬鹿カレン」 「ふーん。まあいいけどね?」 そう言うと、カレンは縁側に腰を下ろし、空を見上げた。 「いい天気よねー。今時期だったかしら?何日も続いた雨がやんで、日曜日にルルーシュを連れまわして遊んだら、翌日ルルーシュが熱出して寝込んだの」 狼のしっぽを抱きしめて眠るルルーシュの姿が思いだされた。 「そうだな、今頃だった。体力無さ過ぎなんだルルーシュは」 「あれだけ私たちと遊んでても、体力付かなかったわよね」 「何でだろ、体質か?」 他の子たちはメキメキと体力をつけたのに、ルルーシュは変わらず貧弱だった。 「まあ、いいんだけどね。私がその分動くし」 「違う、俺が動くからいいんだ」 懐かしい会話。 ルルーシュが居る頃はよくそう言って、体力の切れたルルーシュをどちらが背負うか、どちらがサポートするか奪い合ったものだ。 ルルーシュに体力なんていらない。 足りない分はこちらで補えばいいだけだから。 それもまた楽しみ方の一つ。 でも。 「スザク、大丈夫よ。ルルーシュはあんたのこと、大好きだから」 カレンが呟くように言った言葉に、思わず息をのんだ。 「忘れてなんていないわよ。あいつ頭だけは凄いんだから。全部ちゃんと覚えてるわよ。あんたのことも、もちろん私のこともね」 「カレン・・」 空を見上げたまま、カレンはこちらを向こうとはしなかった。 「馬鹿よね、あいつら。あっちに帰ったから、新しい友達もできて、スザクや私の事忘れたんだなんて、よく言えたものねルルーシュの記憶力舐めすぎよ」 それは今日、あいつらに言われた言葉。 ルルーシュはブリタニアに帰った。 向こうで仲のいい友達を作っているはずだ。 だからこちらの事なんて、全部忘れているに違いない。 スザクの事もカレンの事も、もう過去になっているんだ。 電話も手紙も無いのはそう言う事なんだ。 待っていても帰ってはこない。 だから、ルルーシュなんて忘れて、僕たちを。 「なんでその話」 「さーて、なんでかしら?でも知ってるのよね。桐原のお爺ちゃんにスザクがこんなこと言われたー!って話してから来たから、あの2年生5人組み、呼び出されてたわ。まあ、祟りよりましよね?」 あんた祟る気無いでしょうけど。 カレンはそう言うと、ようやく視線をこちらに向けた。 「あんただって忘れてない。私だって忘れてない。あの頃と同じ、私もスザクもルルーシュが大好きなままよ?ルルーシュは違うの?私たちを忘れて、私たちを嫌いになった?」 ルルーシュはスザク様の事を何とも思っていなんですよ。 だからあっさりとブリタニアに帰ったんだ。 それにもしかしたら・・・。 「・・・俺が知るか」 どうしてカレンはあの時言われた言葉を知っているのだろう。 俺はカレンを見る事が出来なくなり、視線を地面に移した。 「あんな奴らの言葉は信じなくていいわよ。不安なら私を信じなさい。ルルーシュはあんたも私も大好きなの。疑った事を知ったらあいつ怒るわよ?連絡くれないのは、ルルーシュ捨てたり、無理やり連れ帰るような連中が周りに居るから出来ないだけ。だから不安に感じることなんてないわ。あんたが泣くことなんてないのよ」 「泣いてないって言ってるだろ!」 「はいはい。そう言う事にしてあげるわよ」 カレンはそう言うと、立ち上がり、鞄を手に持った。 「で、どうする?私はちょっとイライラしたから、これから藤堂先生の所で体を動かすつもりだけど?」 にっこり笑顔でカレンはそう言った。 その顔に不安など無く、自信しかなかった。 「こういうときは体を動かすのが一番だと思わない?」 「俺も行く」 「そうこなくちゃ。あんたか藤堂先生以外相手にならないのよね」 明るい声でそう言われれば、こちらも笑うしかない。 「そうそう、それでいいのよ。あんたはそうやって笑ってればいいのよ。20歳になってもあいつが自力で戻れないようなら、私がお兄ちゃん達と連れ戻しに行ってくるから。いざとなったら、誘拐してここまで逃げてくるから。その後はあんたの仕事。期待してるわよ、カミサマ?」 「誘拐って・・・物騒なこと考えてるな。まあいいか。まかせとけって、ここにさえ来てくれれば、俺が必ず守るから」 「ナナリーも誘拐しなきゃダメかしら。その辺もしっかり計画練らなきゃダメよね。まあ、まだ時間はたっぷりあるから、ゆっくり考えましょ。それより今は道場よ!」 そう言うと、カレンは突然走りだした。 「おっさきに!」 「ちょっ待てよ!ずるいぞカレン!」 あの頃よりも成長した赤毛の少女が、あの頃と同じ笑顔で走っていた。 その後ろを、あの頃と変わらない少年が慌てて追いかける。 元気に笑いながら走る少女と、明るい笑顔で走る少年。 その姿を見て、この地に降り立つ神もまた笑顔となる。 その日が来たら。 その日が来れば。 きっとこの地はまた賑やかになるだろう。 その時には私たちも。 「必ず守りますわ、スザク」 兄神をこっそり尋ねてきていた犬姫は、兄が元気になったその姿に幸せそうな笑みを浮かべ、気付かれる前にとこの地を去った。 |